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2014年9月

93年ドーハ

大阪ダービーの試合前、監督として100勝達成のお祝いに奥様から花束を受け取った「単身赴任」長谷川健太監督。

今はライバル青と黒の監督さんですが、 あの93年ドーハで不調だった福田正博に代わって、 カズ、ゴンとともにオフトJAPANの攻撃を担った人です。

当時の思い出話を。

0-0サウジアラビア
1-2イラン
3-0北朝鮮
1-0韓国
2-2イラク

「もうあかんやろ」という周囲の声(^^)を聞き流し、 私が機上の人になったのは、北朝鮮戦を見たあとでした。

当時はまだ関空(94年開港)もなく、遠い遠い成田から。
参加した ツアーは「日本サッカー狂会」主催、ツアコンは後藤健生さんでした。

といっても後藤さんは初戦から取材されていますのでたぶん添乗員なしだったはず。

さすがは「狂会」、他の代理店ツアーと違うなという点は、どこよりも安い価格だったことと、 日本戦の無い日も他の試合を観戦できることでした。

現地での日々はこんな感じ
10.24イラク1-1サウジ
10.25日本1-0韓国 イラン2-1北朝鮮
10.26スークで買い物 アラビア海まで炎天下のお散歩
10.27ツアー会社対抗ナイターサッカー(奥寺康彦氏、前田秀樹氏、故富樫洋一氏らとボールを蹴りました)
10.28日本2-2イラク

宿泊した同じホテル(確かソフィテル)には健太さんを応援に来られていたまだお若い奥様が泊まっておられました。

ドーハのホテルのエレベータで乗り合わせたとき、背番号12のユニを着ておられました。井原選手の奥さんも一緒だったはずです。

ダービーの試合後健太さんにその話をすると、「あっそう」だけでしたが(汗)。

韓国戦の決勝点は健太さんがゴール前に飛び込み、こぼれダマをカズが決め、
イラク戦の先制ゴールは健太さんのシュートがクロスバーをヒットし、リバウンドをカズが決めたもの。

ヒーローになり損ね、ワールドカップにも行けなかった健太さんですが、 私にとっては「夢」の一歩手前まで連れて行ってくれた熱きドーハ戦士の1人なのです。

あれからまもなく21年。 

ワールドカップ出場がまだ 儚い夢 だった頃。
(2014.9.23 11:21)

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喜んでいいのは今日だけ

夢も希望も持てない マンユナイテッド から脱出できたことには、心から「おめでとう!」と言いたい。

しかし、ドルトムント加入については、そんな甘いことはとても言っていられない。

ドルトムントは、もし初加入だとしたなら、今の状態の真司にオファーなんてしない。

ファンが真司を待望し、クラブがオファーしてくれたのは、イエローのユニフォームに身を纏(まと)い、ブンデスリーガを連覇した2年間の大活躍を高く評価し、それをいまだに忘れることができないからだ。

その期待に応えるためには、死に物狂いで頑張る覚悟がなければならない。

ドルトムントでなら、あの頃のように活躍できるさ

なんて軽い気持ちなら、きっと失敗する。

あれから2年の月日が経ち、真司が「停滞」していた間、ドルトムントはCLを戦い、そこでファイナリストとなるも一敗地にまみれ、クロップ監督も選手たちも心身ともにたくましく成長を遂げているのだ。

「古巣」なんてノスタルジックな言葉は頭から一掃すること、
そしてセレッソから、ステップアップを目指し、大志を抱いて渡独したあの頃の 初心 に戻ること、

それが 再起/復活 のためには必要なのだ。

真司ならきっとやってくれると信じてはいるんだけどね・・・。

(2014.9.1 1:20)

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